2011年5月4日水曜日

講義録:「地図する」が気になる

木村さんが4月末に下準備をしてくださって、第一回の地図描きはじめの作業も終わっていて。あとは仕上げるだけ…!という段階でむかえた第二回。講義名が「地図を描く」ではなく「地図する」という動詞になっているのが妙に気になりつつも、つっこみのタイミングを逃してしまったまま、京島校舎にに向かった。

わたしが到着するともうすでに腰から下には地図らしきものが描かれていた。メンバーも数名集まっていた。約一名が、モチベーションが上がらないと不謹慎な発言をして木村さんに叱られた。あわてて食糧を買いに走った。できの悪い墨東大学生にも、お惣菜屋さんは優しい。大盛りのもつ煮と、塩と七味で味をつけた砂ぎもを買う(ビールは我慢した)。京島校舎に戻ってきたところで参加メンバーが揃っていた。開始の時間に。木村さんの「じゃあ、やりましょっか」という一声で作業の説明がはじまる。全員、自己紹介をしてから、午後1時20分頃より作業開始。

地図するグッズは、ラインテープとカッターと、鉛筆、消しゴム。あとは軍手もしくはタオルの切れ端。はしご。プロジェクター。木の板、延長コードになっている電源タップ。ペンキの下地塗りに使ったと思われるペンキ塗りセットも京島校舎に置いてあった。木村さんのご自宅の私物のようだけれど、妙に自分も買い揃えたくなる。ラインテープも猫のロゴマークがついていてかわいい。(墨東大学の校長先生は猫だという都市伝説を、一瞬思い出した)今回のメンバーで、ラインテープを使うのはほぼ全員(木村さん以外)はじめてだったのではないか。

しばしの間、かなり黙々と作業。3人づつぐらいが、壁に投影された地図にとりつく。疲れると戦線を離脱する。すっと次の人間が代わる。その繰り返し。粛々とテープを張りつづけ、3時間半ほどで壁全体が地図で埋まった。無駄口はほとんどなし。すばらしいチームワークだったことは疑いがない。ただ、記録しておきたいのは、プロジェクターの投影画像を複数に分割したときに、その間でスケールがずれてしまった場合「フォース」というものを使うらしいと聞いて、一ヶ所だけかなり無理やりカーブを補正した場所がある。@yookudさんは、ていねいに地図の誤差を少なくする方法を考えようとしてくださったのだけれど、ええい、フォースだ、とおもしろがって力わざを発揮してしまった。(きっと、わたしの適当さにあきれていたはずだ…。ごめんなさい…。)デジタルの画像を、ただ分割して壁面に投影すればすむはずなのに、なんであんなにずれてしまったのか、その仕組みが私にはまださっぱりわからない。誰か、教えてほしい。

時々、通りがかる人がこちらを気にしている。(ひそひそ話がよく聞こえるほど静かに作業していたとも言える)「なにやってるの?」と大きな声で話しかけてきた男性に「この地図をつかって地域の人とお話したりしたいんですよー」と答えたら、そんなのJ:COM(ケーブルテレビ)に聞けばいいよ、地域の情報いっぱい持ってるよ!と言われた。(なるほど、ケーブルテレビなら、どちらかというと墨東大学として出たい)それから、もっとスカイツリーの近くでやりなよ!とも。そうやって絡んでくれる人がいるのが嬉しいけど、なんというか、自分たちがここに楽しくて通っているということ以外、なにも伝えられずに終わる。通りがかった人を巻き込むところまでなかなか気持ちが回らない。お向かいの果物屋さんは「このあたりの地図を書いているにちがいないわ」とひそひそ立ち話をしていた。通りがかったきれいな女性は、わたしたちの作業を見て「なにしてるんですか?」と話しかけてくれ、墨東大学のことをなかじが説明したところ、なんとなく興味をもってくれた。

…あらためて「地図する」ってなんだったんだろう。その人たちに「ちょっと壁に地図していきませんか?」と誘ってみてもよかったのだろうか。もしかしたら、京島校舎とキラキラ橘商店街の通りの間にある心の「壁」のことだったんだろうか?

出来上がった地図を、プロジェクターの電源を落として全体を眺めてみると、なにも記入されていない、白いままの地図になる。どこが何なのかさっぱりわからない。いまのところ、いわゆる地図としてはあまり役立たない。途中で、墨東大学の場所に@tenteroさんが黄色い付箋を貼ってくれたけれど、あれがなければ、キラキラ橘商店街すらどこなのかわからなかった。そのかわりに、不思議な行き止まりの路地や、大きな通りに分断された曲がりくねった細い道が、浮かび上がってみえて、気になってくる。壁の右のほう。木村さんが鉛筆で下書きして、@yamakake_gohanが壁に身を寄せながらテープを貼り込んだあのあたりのことだ。とりあえず道のかたちだけがはっきりと頭に焼き付いている。いつかあのラインをたまたま通りがかったら、「あっ!」と気づくことができるだろうか。その前に耐え切れずインターネットで調べて行ってしまうだろうか。京島校舎に立ち寄った誰かが、謎に答えてくれるだろうか。これから、この白地図にいろいろなものが書きこまれても、この謎を忘れずにいられるだろうか。

地図を書いたら謎が増えた。知っているつもりの街が、真っ白にリセットされた。少なくともわたしは、このまちのかたちを知らないことがわかった。墨東大学第二期のスタートにふさわしいシンボルができあがった気がする。

(報告:香川文)

5月4日〈墨東大学〉大学日誌

4月30日の続編講座【壁に地図するⅡ】が行われました!


今日は、押上駅から一人で京島校舎まで歩きました。GWだからか、スカイツリー目当てなのか、はたまた両方が重なっているからなのかわかりませんが、駅前には大勢の人で溢れ帰っていました。『歩きにくくなったもんだな...』と勝手に、地元に何十年も住んでいる人かのごとく、不満を抱きつつ、京島校舎に向かいました。
12時45分に押上駅に到着し、講座開始の13時まで時間も少なかったため、走ることにしました。すると路地の途中で、民家からテレビの音声が聞こえてくるのがわかりました。その場に立ち止まり、キョロキョロと音の出所を調べました。どことなく懐かしい感じがして、急いでいた気持ちが落ち着きました。今日、改めてこのまちの魅力に引き込まれてた気がします。


京島校舎に到着すると、すでに木村さんが作業を始めていました。前回の【壁に地図するⅠ】で木村さんがおっしゃっていた「壁に貼りつけたマスキングテープは数日後、剥がれるかもしれない」ということが、実際に5日経過した今日、現実のことになっていました。私が訪れた時にはすでに木村さんが修復してくださっていたので、マスキングテープが剥がれているのを目にすることはほぼありませんでしたが、一番最初に見つけたらかなり凹むだろうなと悲しくなりました。

前回も参加していた木村さん、渡部くん、そして今回初めての香川さん、岡部研究室の3年生と4年生、墨大の卒展の時に初めて来校してくださり、興味をもって今日の講座に参加してくださった方、自分も含めて計7人が参加しました。

まず、自己紹介から始めました。名前や所属の他に、現在の近況的なことを話しました。その内容からはお引っ越しや飲み会、実家から帰ってきたばっかりなど、どうやらみなさんお疲れムードのようでした。…というか、5/7人はそのような感じで、先行き不安のまま、始まりました。



前回は加藤先生、木村さん、岡部先生、そしてゼミ長だった渡部くん、ワークショップを数々こなしてきた丸山くん、渡邉くんがいたので、そんな協力な方々の後ろについていけばなんとかなるだろうな、半ばそんな気持ちでいました。
しかし、前回から引き続き参加していたのは木村さんと渡部くんの二人だけでした。そのため内容を把握していたので、継続して作業に取り組んでいました。
そのため、プロジェクターに地図を投影して、前回テープを貼って作った地図に合わせるという作業において指示をしつつ、一方でアドバイスをもらいつつ、作業を行っていきました。
みなさん、お疲れムードな方々が大勢いたせいか前回に比べ、ものすごく静かに「テープを壁に張り付け、無駄な部分をカッターで切る」の作業を行っていました。ただ、前回と違うのはこの作業のスピードが早いことでした!正式に測ったわけではありませんが、前回参加していた3人中3人が納得していました。


途中で糖分や塩分(木村さんからは向かい側の果物屋さんで買ってきたバナナ、香川さんは商店街で買ったお惣菜やお菓子、岡部研究室4年の佐々木くんからは岩手のお土産)など補充しつつ、約16時30分頃まで繰り返し、壁一面に地図を作っていきました。壁一面に地図が出来上がるにつれて、思い出深いもの、この場所を手放したくない想いに駆られてきました。
そして、ついに完成できた時の達成感はものすごく爽快でした。ただただ、遠くから全体を見たくて仕方がありませんでした。



前回(4/30)もそうだったと思うのですが、休日で人通りが多いためか京島校舎を通りかかる際、たくさんの人が立ち止まって見てくれました。立ち止まらずとも、横目でちらちら見ながら、歩いていました。墨大に対する気にかけ度合いで言えば、2010年度のどの講座よりも一番ではなかったでしょうか。(全てに参加できていたわけではないので、確信は持てませんが...)
小学生ぐらいの小さい子から、ご高齢の方まで京島校舎を気にかけてくれました。小さい子は、すぐ声に出して『何やってるのー?』、『落書きしていいのかな?』とお父さんやお母さんに言ってました。
30代ぐらいに方になると、墨大の活動に興味をもってくださり、質問などしてくれました。また、興味をもってくれてるのかなと思い、個人的にお話をかけやすかったです。
60、70代ぐらいの方は京島校舎の前に立ち止まり、まじまじと長い時間見ていく方が多く見受けられましたが、話しかけてくることはほとんどありませんでした。そういう場合は、雰囲気から話しかけるべきか、話しかけずに受け身の姿勢でいるのかを考えから行動に移しました。

たった2日間の出来事でしたが、両日参加できたおかげで、歴史の目撃者になれた気がして、嬉しかったです!


最後に...これもまた前回同様になってしまうのですが、木村さんや香川さんはごくごく普通に果物屋さんのおかあさんと会話をしていました。岡部研究室の3年生の子も、帰り際に『さよならー』と声をおかあさんにかけていました。ご近所さんに話しかけにいくことができず、京島校舎内だけで完結させてしまっている自分がいました。これならわざわざ墨田区来るだけ無駄じゃないか、と感じてしまいました。この感じ、どこかで打破せねば...


中島和成

2011年4月30日土曜日

講義録:壁に地図する I(bockt)【video】



ナカジがすでに日誌を書いてくれたのですが、こんな感じの作業でした。たくさん人が集まっていて、岡部研のみんな…。あれ、みんな卒業したんじゃないの?
というわけで、社会人1年目の皆さんもたくさん参加してくれて、墨東大学の同窓会も、すでに強い絆を感じさせてくれました。この日は下半分の作業を終えて、続きは4日に。

4月30日〈墨東大学〉大学日誌

ついに本日、墨大二期目の講座が行われたので、参加してきました。


しかもなんと、「壁に地図するⅠ(bokut+)」の講座では担当に加えて頂きました。

担当:bokuto+(加藤・岡部・木村・香川・中島)

このページを見た瞬間、ニコニコしてしまいました。近くにいた同じゼミの後輩に、『ねぇ、(オレの)名前が入ってるんだー!』と少し自慢げに話していました。
しかし同時に、すごいメンツの中に名前を載せて頂いたな、という緊張感が走りました。また、このメンツの中で自分に何ができるのだろうか、という不安でいっぱいです。


4月から岡部研究室の研究生として東京都市大学にやってきた、留学生のSさんと押上駅に集まって、京島校舎まで歩きました。まちを紹介したいという勝手な想いから、入り組んだ細い路地を右に左にと、自分でも歩いたことのない道を通ってみました。Sさんの口からは『もう、(道が)わからないよー』との言葉が出ました。ちょっぴりうれしくなりました。Sさんに対して、初めての押上や京島のまちに対して、何かしらの印象を受け取ってもらいなと思いました。私が選んで歩いた道がSさんに対して、好印象を与えたのか、それとも悪い印象を与えたのか分かりませんが、「記憶に残らないまち」のままで終わってほしくないなと感じていました。母国に帰っても是非、他の人に紹介するぐらい記憶に残っていて欲しいなと思っています。


さて、京島校舎に到着すると見なれた人の姿がありました。
岡部研究室の同学年の卒業生でもあり、4月から新入社員として社会で活躍している渡部くん、渡邉くん、そして丸山くんでした。彼らは、「2010年度卒業したけど、楽しそうだから」、「一回分の卒業単位が足りないから、今期の卒業を目指すため」や「初めて京島校舎なので楽しみ」と様々な想いで参加していたようでした。墨大で再会することになるとは思ってもいませんでした。ゼミ活動がまた続けられているような気持ちがして、うれしかったです。


本日の内容は、【壁に地図するⅠ】でした。
まずは、地図を作る壁のペンキ塗りと壁の修復から始まりました。2011年1月9日に行われた講義【ペンキを塗りますⅠ(bokut)】に参加できなかったので、今回は『是非参加したい!』と思っていました。しかし、ほぼペンキを塗る作業はなく、ひび割れてしているような細かな部分をさらに白く塗り足す感じでした。初めての体験だったので、非常に楽しかったです。さらに手にペンキがついたのを見て、『(ペンキ塗りと言えば)これこれー!』みたいな感覚がほとばしりました。
もう一方では壁の修復が行われていました。3月11日の大地震で剥がれしまい、そのまま放置されていた壁でした。これを見るたびに、京島校舎で地震に遭遇した時の記憶が蘇ってきます。壁に「かくし釘」と呼ばれる釘を打ったり、生クリーム状のものを壁と壁の間に塗ったりしました。この作業では、木村さんの奥さんにご指導していただきました。なんでも木村家のリフォームを担当しているらしく、慣れた手つきで作業を見て、その場にいた人から『おー!』という歓声が飛び出ました。


壁の修復も一段落して、いよいよ本題へと突入しました。
白いペンキを塗った壁に変幻自在的なマスキングテープ(?)を使い、京島校舎を中心とした京島エリアの地図の制作に入りました。
まず、プロジェクターで壁に地図を投影してから、シャーペンで曲がり角に印をつけました。これがかなり大変な作業で、自分の体で影を作ってしまい、「投影させた地図が見えない」という苦戦を強いられました。影を作らないように、うまく身体を反らせながら行いました。印をつけ終えた後、印をつけた曲がり角を目印に、京島のエリアをマスキングテープで形作っていきました。これもまた難しい作業で、なかなか平行にテープを貼れなかったり、地面から20cmぐらいの低い位置では貼ることすら困難であり、楽しい反面想像以上にちょっとキツかったです。


用事があるため、1/4まで完成したのを見て、京島校舎を後にしました。
これが壁一面に完成し、講義の軌跡とか書き込んでいけたら、きっと二期目の終りにはすごいものが仕上がるんだろうな、と感じました。
次回の5月4日(水、祝)13:00~【壁に地図するⅡ】京島校舎
http://twtvite.com/bokudai_110504
でどこまで進んだのかを見るのがとても楽しみです!


最後に…
いつの間にか、お隣の天ぷら屋さんのシャッターには「売り地」の文字が書かれた紙が貼られていました。天ぷらを頂いたり、私自身が一人で店番をしていた時に話しかけに来て頂いたりしたので、お世話になったお礼に、墨東大学プロジェクトの記録集をお渡ししようと思っていただけにとても残念でした。キラキラ橘商店街で活動しているのに関わらず、『情報に疎いな…』とまだまだ地域に馴染めていない感じがとてもイヤでした。また、岡部先生が京島校舎向かいにある果物屋さんのお母さんに挨拶に行った時も、京島校舎に足を運んでる回数は(おそらく)自分の方が上なのに、一人で校舎の店番をしていた時に話しかけに来てくれたりするのに、「なぜ、(特に京島校舎に来る期間が空くと)自分から挨拶をしにいけないんだ」という自分に対する憤りを感じていました。(きっと、フットワークが重いというのでしょうか…)
京島校舎として場所を借りている間は、できる限りシャッターを開けていきたいです。


中島和成

2011年3月5日土曜日

講義録:補講の歩行(加藤)

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集合:13:00(16:00ごろに終了予定)
場所:墨東大学京島校舎
担当:加藤文俊
参加者:2名(教員1+学生1)
内容:
ついにフィナーレをむかえる「墨東大学」ですが、単位が足りないひとのことも考えつつ、補講(の歩行)をすることにしました。
この日は、キラキラ橘商店街を中心とするエリアを歩きます。内側の路地もふくめるかもしれません。いずれにせよ、最後に京島の風景をたっぷり味わうことを重視したいと思います。
ベースになるのは、考現学的な採集の方法です。
卒業制作がまだのひとは、カンバッチや写真パネルの制作などに結びつけることもできるでしょう。
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ようやく、この日が来ました。墨東大学 平成22年度最後の講義(実習)です。まぁいろいろありましたが、昨年の10月から、50近い講義や演習が開講されて、何とか無事にフィナーレを迎えることができそう…。
きょうは、単位が足りない学生のための「救済措置」として急遽企画した補講でした。直前まで、出席のエントリーがなかったので、ついに「一人授業」が実現する!と、少し興奮していました。すでに、1月末の長岡先生の「大人の学び論 III」では、「二人授業(教員+学生)」がおこなわれていたので、いっそのこと「一人授業(教員だけ)」をやってみたい…と思っていたのです。

しかしながら、前の晩、寝る前にウェブを見たら、一人だけ出席の登録がありました。東京都市大の学生であることはなんとか想像できたのですが、たぶん会ったことはない。(なんか、ドキドキするなぁ、こういうの。)けっきょく、「二人授業(教員+学生)」となりました。

快晴。少し、暖かくなったみたいです。13:00ちょっと過ぎに京島校舎に到着。すでに受講生は待っていました。TT大のT君でした。えらい。一人だけ、この晴れて気持ちのいい土曜の午後、ぼくにつき合ってまちを歩かされるなんて!(じつは「受講者が一人みたいなんですけど、予定どおり開講されますか?」という照会があったことに、気づいていませんでした。きょうの昼過ぎに家を出てから気づいて、「あ、きっと不安だっただろうな…」と思ったわけです。)

さっそく、簡単な説明をしてからまちに出かけました。
最近のぼくの関心は、川跡(水跡)を辿るまち歩きです。武蔵小山・戸越・立会川へと向かう「品川用水」の界隈でフィールドワークをすすめている最中です。そのなかで、もしかするとすごくあたりまえかもしれないながらも、かつての川(水)の跡を示す“サイン”のようなものが見えてきました。
同僚の諏訪さんとのまち歩きですが、まずは、(ちょっと不自然な感じで)幅が広い道。そしてまさか、わざわざこんなことはしないだろう、というように蛇行する道。これはたぶん、水の跡だと考えられます。
そして、暫定的ではあるものの[銭湯][クリーニング店][コインランドリー][酒屋][公園]があると、どうやら水が近い(近かった)と考えても良さそうです。実際にどうだったのかは、古地図(あるいは「東京時層地図」のようなアプリ)でチェックすることができます。


曳舟のあたりを地図で眺めたり、ちょっと調べものをしたりして、あのイトーヨーカドーの前の道は、かつては曳舟川が流れていたことがわかりました。通りは、いまは「曳舟川通り」だし、ちょっと明治通りに向かって歩くと「曳舟川」という交差点があります。押上、スカイツリーのほうに向かって川が流れていたわけです。このあたりの舟の往来は、広重の「名所江戸百景」にも描かれていることがわかりました。
その曳舟川(曳舟川通り)から南に向かって、何本か蛇行する道があったので、おそらく支流(の跡)だろうと考えました。ここまでは、地図で道の形状を眺めていて考えたことです。

それを、歩いて感じる。上記の“サイン”があるかどうか、地図を片手に歩いてみました。歩いたコースは下記のとおりです。

110305_Kyojima at EveryTrail

EveryTrail - Find trail maps for California and beyond

結論から言うと、上に挙げた“サイン”は、これらの蛇行する道沿いでたくさん見つかりました。加えて[医院(病院・針灸など)][魚屋][釣具店]なども、川跡(水跡)に関係あるのかもしれません。この分布図は、近いうちにつくろうと思います。
ところで、仮説と言いながら、たくさん水を使う商売(銭湯、クリーニングなど)は、川の近くに立地するのは当然。水が人を呼び、人が集うとすれば、酒屋があっても不思議はない。公園や緑は、水の近くにあるはず。
…というわけで、あれ、べつにあたりまえだな、という気持ちもいだきつつ、初めて会ったT君とのまち歩きが続きました。


立地、つまり人びとの生活の痕跡が、水や地形などの諸条件と関係していることは容易に想像できます。でも、何度か「品川用水」を辿って歩いていたおかげで、ぼく自身の身体感覚が変わってきた、と考えることもできるでしょう。つまり、蛇行した道を感じて、あたりを見回して“サイン”があったら、じぶんはかつての川の跡に立っているということがわかる…。ひとたび、その感覚を獲得してしまえば、地図もアプリも必要なくなります。

フィールドワークというのは、まちや地域を知るためのアプローチではあるものの、じつは、歩くことによって、退化した感性/身体感覚を取り戻すのに役立つのかもしれません。


最初に計画していた経路を辿って、14:40ごろに京島校舎に戻りました。ちょうど90分くらい、ずっとT君とあれこれ話をしながら、まちを歩いていました。マンツーマンというのも、なかない面白い。お疲れさまでした!
(報告:加藤文俊)

2011年2月28日月曜日

講義録:大人の学び論 III(長岡健)

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2011年1月28日(火) 18:30〜20:00
講義名(担当者):大人の学び論Ⅲ(長岡健)
集合場所:東向島珈琲店
参加人数:1人
内容:
 都市社会学者のオルデンバーグは、都市生活を営む上で、家でも職場(学校)でもない「第三の場所」の必要性を主張しています。それは、パリのカフェや、ロンドンのバプに代表されるような、リラックスした雰囲気の中で人々がオープンな交流をもつ場を意味しています。近年、「大人の学び」における対話的コミュニケーションの重要性が認識されるに従い、学びにおけるサードプレイスの意味についての議論が展開されています。そこで、本講座では、「学びのサードプレイス」という概念を取り上げ、「大人の学び」と「場」について考えてみたいと思います。
 なお、墨東大学「大人の学び論Ⅲ」では、「大人の学び論Ⅰ・Ⅱ」に引き続き、「教員/受講者」の関係を逆転させた授業運営を行います。今回のテーマである「学びのサードプレイス」を中心としながらも、それに限定することなく、「大人の学び」に関する様々なトピックの中から、受講者が「聴きたいこと」をその場で選んでもらい、担当教員が出来る限りそれに応えていく、という授業運営を行います。そして、通常とは異なるこのような授業の経験をもとに、墨東大学での「学び」の意味を参加者全員で探ってみたいと思います。
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 今年度の墨東大学で私が担当した「大人の学び論Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」では、授業テーマである「大人の学び」だけでなく、「教員/受講者」の関係を逆転させるという授業スタイルを強く意識してきました。特に、過去2回の講義録では、教員が事前に話す内容を決めず、受講者がその場で聴きたいトピックを出し、それに教員が応えるという「即興形式」に焦点を当ててきました。そして、その経験を振り返ることで、従来的な「大学の授業」に対する私自身のまなざしを再構成していくことにつながる、いくつかのヒントを得ることができました。
 さて、「大人の学び論Ⅲ」では、まなざしの再構成につながるどんなヒントが得られたのか。今回は、授業スタイルからではなく、授業テーマである「学びのサードプレイス」との関係から考えてみたいと思います。


 1月28日に行った「大人の学び論Ⅲ」を振り返るとき、私にとって最も大きな出来ごとは、それが「1対1」の授業だったということです。前回までの授業でも、受講者募集のサイトが立ち上がると、「もしかしたら、1対1の授業になるかもしれないなあ」という不安がよぎっていましたが、結果的には、少人数ながら複数の受講者との授業となりました。今回も、「1対1の授業になったら、従来的な大学の授業を本当の意味で脱構築することなる」などと口では言っていたものの、実際に1対1の授業を行うことになった当日は、全く初対面の受講者と2人きりで楽しく対話することができるのか、大きな不安を抱えていました。初対面であることに加え、私は受講者のことを何も知りません。年齢も、性別も、職業も知らず、その人がどのような関心から墨東大学に参加するのかも、全く見当がつきません。しかも、その日のテーマは「学びのサードプレイス」です。緊張し、ぎこちない雰囲気の中で、「自由でリラックスした雰囲気の対話を楽しむ」というサードプレイスについて講義することになっては、どう考えても様になりません。授業開始前の心境を正直に言えば、新たな出会いを楽しむような余裕は全くありませんでした。
 ただ、いざ授業が始まってみると、受講者の方ともすぐに打ち解けることができ、その日のテーマである「学びのサードプレイス」の話しに加え、「アンラーン(学習棄却)」や「越境学習(Learning through Boundary Crossing)」といったトピックについて、サードプレイス的な雰囲気の中での対話を楽しむことができました。そして、授業を終えた帰りの電車の中でふと思ったのが、「一体、始まる前に感じていた緊張感は何だったのだろう」ということです。

 改めて考えてみると、私が感じた緊張感は「ワークショップに参加する前夜」のそれに似ていたような気がします。ワークショップという場は、従来的な学校に見られる固定した関係性や制約から参加者を解き放ち、自由闊達な学びの実現を目指したものだと言えます。この点について、ワークショップは「学びのサードプレイス」と同じ方向性をもっていると見なすことができます。でも、参加者の関係性について、両者は異なる方向を向いているように思われます。
 ワークショップという場において、参加者同士は緊密な関係を構築することが求められます。たとえ初対面であっても、協働作業へのコミットや、身体的な動きを通じて、あたかも親しい間柄であるかのごとく振る舞うように仕向けられます。ある意味で、参加者同士の「プライベートな関係」を擬似的に作り出していくことに、ワークショップの魅力があることは事実でしょう。しかし一方で、見知らぬ相手と「プライベートな関係」であるかのように振る舞うことを求められるのは、強い緊張感をもたらすものです。
 それに対して、サードプレイスは「インフォーマルであると同時に、パブリックな空間」です。「パブリックな空間」には、見知らぬ人と知り合える可能性があると同時に、参加者一人ひとりが「誰と話すか/話さないか」を選ぶことのできる自由があります。仮に、サードプレイスで親しい知人を見かけたとしても、その知人とあまり会話を交わさずに振る舞うことも許される、それが「パブリックな空間」における自由な関係性ではないでしょうか。そしておそらく、このような意味での「パブリックな空間」を実現するには、参加者一人ひとりに選択の自由をもたらす「場の多様性」が必要であるように思えてきます。その場に居合わせた全員が親しい間柄になるのではなく、全く会話を交わさずに別れてしまう人が多数存在することが、ワークショップとは異なる場として、「学びのサードプレイス」を成立させる上でとても重要なことなのかもしれません。


 今回、「大人の学び論Ⅲ」で経験した1対1の授業は、見知らぬ相手と「プライベートな関係」であるかのように振る舞うことが求められる点で、ワークショップ的な「参加者の関係性」だったのだと思います。また、始まる前の緊張感をくぐり抜けると、楽しく充実した経験を味わうことができた点からも、「大人の学び論Ⅲ」はワークショップ的だったと言えるでしょう。だだし、ワークショップ的な経験を通じて得られた気づきが、サードプレイス的な参加者の関係性についてだったのはとても不思議な感じがします。「ワークショップ」と「サードプレイス」、似ているようで違った側面をもつ2つの「学びの場」について、墨東大学での対話を手がかりに、もう少し考えてみたいと思います。
(報告:長岡健)

2011年1月29日土曜日

講義録:感覚交換散歩演習 II

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日時:2011年1月29日(土)13:00-18:00
場所:京島校舎に集合→周辺を散歩
参加者:学生6名+教員1名
内容:
講師が考案した感覚交換散歩という方法を通して街を歩くことで,風景の見方を開拓します.感覚交換散歩とは,他者が街を歩いた時の音声を聞きながら歩くことで,他人の着眼点を通して,街を追体験する方法です.他者の歩行プロセスを体験しながら,歩いている道に関する他者の思いや感覚を音声で共有することで, 他者の着眼点を通した空間体験を可能にします.着眼点の共有を支援し,受け取った着眼点を利用した環境の知覚を促進します.
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13:00に京島校舎に集合。
学生は、6名。

初めに、写真を撮りながら感じたことを語るという行為をイメージしてもらうために、学生に別の場所で記録した音声(同じ道に対する3人の語り)を聴いてもらった。
その後、語りながら歩くという行為に慣れてもらうために、まず約30分間、学生に各自好きなところを散策しながら、感じたことを語ってICレコーダに録音してもらった。

続いて、学生に地図を渡して、事前に講師が歩いたルートを歩き、感じたことや考えたことを語って録音してもらった。


今回、感覚交換散歩のツールが動くiPhoneおよびiPod touchが3つのみであったため、3人がツールを使用、残り3人はICレコーダーで記録してもらった。
ツールは録音機能だけでなく、写真撮影と位置情報記録ができ、音声と写真と位置情報を同期して記録することができる。
参考までに、ツール利用者の撮影写真の並びを通して、同じルートに対する観点の違いを感じてもらいたい。


歩くペースが違うため、6人がばらばらと戻って来た。
お昼ご飯を食べていなかった学生がいたため、近くで焼鳥やたこ焼きを買ってきて、皆で小休憩。

追体験は講師も参加して、合計7人だったので、2人ー2人ー3人のペアをつくった。
特に交換したい相手がいる場合は申し出てもらって1ペアができ、誰でもいいという人の間でグーパーをしてもう2つのペア分けを行った。

つくったペアの間で自分の語りを記録したiPhone/iPod touchまたはICレコーダーを交換した。
続いて、交換した相手の音声を聴きながら、同じルートを歩いた。
ツールを使用した場合は、音声再生に合わせて写真が表示される。また、地図を表示して現在位置と相手がどの位置で語っているかを観ることができる。

続いて、ペアをつくりなおして、同じルートに対してまた別の人の観点を通して歩いた。
こうして自分と交換した相手2人の3種類の観点を通して同じ道を歩いたことになる。
最後に参加者全員で簡単な振り返りを行い、以下のような感想を聴くことができた。

「普段、視線は一定であまり上を観ないけど、相手の音声に合わせて二階とかを観た。」
「相手が好きなトタン壁の色、聴いていくにつれて好みのポイントがわかってきて、新しく出て来た壁に対して、きっとこれは好き/嫌いとか予想して楽しめた。」
「家が傾いているとか、音声聴かないと気付かなかった。」

私の感想としては、野菜をモチーフにした椅子がある公園で、全ての椅子の座り心地を確かめるとか、別の公園で遊具に乗ってみるとか、自分ではやらなかった行動を通して、その場所を体験することができた。

どちらが優れているとかではなくて、その人が無意識でもこだわって観ている対象やテーマというものがある。
同じ街、同じ道を異なった観点を持つ人でその魅力を発掘して共有していくこと。
さまざまな観点からその地域が浮かび上がってくる。
今後も継続して、他の参加者とともに墨田を歩くことで、観光ガイドには載っていない、個人的な魅力を追体験するきっかけにしていきたい。
(報告:栗林賢)