2011年2月28日月曜日

講義録:大人の学び論 III(長岡健)

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2011年1月28日(火) 18:30〜20:00
講義名(担当者):大人の学び論Ⅲ(長岡健)
集合場所:東向島珈琲店
参加人数:1人
内容:
 都市社会学者のオルデンバーグは、都市生活を営む上で、家でも職場(学校)でもない「第三の場所」の必要性を主張しています。それは、パリのカフェや、ロンドンのバプに代表されるような、リラックスした雰囲気の中で人々がオープンな交流をもつ場を意味しています。近年、「大人の学び」における対話的コミュニケーションの重要性が認識されるに従い、学びにおけるサードプレイスの意味についての議論が展開されています。そこで、本講座では、「学びのサードプレイス」という概念を取り上げ、「大人の学び」と「場」について考えてみたいと思います。
 なお、墨東大学「大人の学び論Ⅲ」では、「大人の学び論Ⅰ・Ⅱ」に引き続き、「教員/受講者」の関係を逆転させた授業運営を行います。今回のテーマである「学びのサードプレイス」を中心としながらも、それに限定することなく、「大人の学び」に関する様々なトピックの中から、受講者が「聴きたいこと」をその場で選んでもらい、担当教員が出来る限りそれに応えていく、という授業運営を行います。そして、通常とは異なるこのような授業の経験をもとに、墨東大学での「学び」の意味を参加者全員で探ってみたいと思います。
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 今年度の墨東大学で私が担当した「大人の学び論Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」では、授業テーマである「大人の学び」だけでなく、「教員/受講者」の関係を逆転させるという授業スタイルを強く意識してきました。特に、過去2回の講義録では、教員が事前に話す内容を決めず、受講者がその場で聴きたいトピックを出し、それに教員が応えるという「即興形式」に焦点を当ててきました。そして、その経験を振り返ることで、従来的な「大学の授業」に対する私自身のまなざしを再構成していくことにつながる、いくつかのヒントを得ることができました。
 さて、「大人の学び論Ⅲ」では、まなざしの再構成につながるどんなヒントが得られたのか。今回は、授業スタイルからではなく、授業テーマである「学びのサードプレイス」との関係から考えてみたいと思います。


 1月28日に行った「大人の学び論Ⅲ」を振り返るとき、私にとって最も大きな出来ごとは、それが「1対1」の授業だったということです。前回までの授業でも、受講者募集のサイトが立ち上がると、「もしかしたら、1対1の授業になるかもしれないなあ」という不安がよぎっていましたが、結果的には、少人数ながら複数の受講者との授業となりました。今回も、「1対1の授業になったら、従来的な大学の授業を本当の意味で脱構築することなる」などと口では言っていたものの、実際に1対1の授業を行うことになった当日は、全く初対面の受講者と2人きりで楽しく対話することができるのか、大きな不安を抱えていました。初対面であることに加え、私は受講者のことを何も知りません。年齢も、性別も、職業も知らず、その人がどのような関心から墨東大学に参加するのかも、全く見当がつきません。しかも、その日のテーマは「学びのサードプレイス」です。緊張し、ぎこちない雰囲気の中で、「自由でリラックスした雰囲気の対話を楽しむ」というサードプレイスについて講義することになっては、どう考えても様になりません。授業開始前の心境を正直に言えば、新たな出会いを楽しむような余裕は全くありませんでした。
 ただ、いざ授業が始まってみると、受講者の方ともすぐに打ち解けることができ、その日のテーマである「学びのサードプレイス」の話しに加え、「アンラーン(学習棄却)」や「越境学習(Learning through Boundary Crossing)」といったトピックについて、サードプレイス的な雰囲気の中での対話を楽しむことができました。そして、授業を終えた帰りの電車の中でふと思ったのが、「一体、始まる前に感じていた緊張感は何だったのだろう」ということです。

 改めて考えてみると、私が感じた緊張感は「ワークショップに参加する前夜」のそれに似ていたような気がします。ワークショップという場は、従来的な学校に見られる固定した関係性や制約から参加者を解き放ち、自由闊達な学びの実現を目指したものだと言えます。この点について、ワークショップは「学びのサードプレイス」と同じ方向性をもっていると見なすことができます。でも、参加者の関係性について、両者は異なる方向を向いているように思われます。
 ワークショップという場において、参加者同士は緊密な関係を構築することが求められます。たとえ初対面であっても、協働作業へのコミットや、身体的な動きを通じて、あたかも親しい間柄であるかのごとく振る舞うように仕向けられます。ある意味で、参加者同士の「プライベートな関係」を擬似的に作り出していくことに、ワークショップの魅力があることは事実でしょう。しかし一方で、見知らぬ相手と「プライベートな関係」であるかのように振る舞うことを求められるのは、強い緊張感をもたらすものです。
 それに対して、サードプレイスは「インフォーマルであると同時に、パブリックな空間」です。「パブリックな空間」には、見知らぬ人と知り合える可能性があると同時に、参加者一人ひとりが「誰と話すか/話さないか」を選ぶことのできる自由があります。仮に、サードプレイスで親しい知人を見かけたとしても、その知人とあまり会話を交わさずに振る舞うことも許される、それが「パブリックな空間」における自由な関係性ではないでしょうか。そしておそらく、このような意味での「パブリックな空間」を実現するには、参加者一人ひとりに選択の自由をもたらす「場の多様性」が必要であるように思えてきます。その場に居合わせた全員が親しい間柄になるのではなく、全く会話を交わさずに別れてしまう人が多数存在することが、ワークショップとは異なる場として、「学びのサードプレイス」を成立させる上でとても重要なことなのかもしれません。


 今回、「大人の学び論Ⅲ」で経験した1対1の授業は、見知らぬ相手と「プライベートな関係」であるかのように振る舞うことが求められる点で、ワークショップ的な「参加者の関係性」だったのだと思います。また、始まる前の緊張感をくぐり抜けると、楽しく充実した経験を味わうことができた点からも、「大人の学び論Ⅲ」はワークショップ的だったと言えるでしょう。だだし、ワークショップ的な経験を通じて得られた気づきが、サードプレイス的な参加者の関係性についてだったのはとても不思議な感じがします。「ワークショップ」と「サードプレイス」、似ているようで違った側面をもつ2つの「学びの場」について、墨東大学での対話を手がかりに、もう少し考えてみたいと思います。
(報告:長岡健)

2011年1月29日土曜日

講義録:感覚交換散歩演習 II

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日時:2011年1月29日(土)13:00-18:00
場所:京島校舎に集合→周辺を散歩
参加者:学生6名+教員1名
内容:
講師が考案した感覚交換散歩という方法を通して街を歩くことで,風景の見方を開拓します.感覚交換散歩とは,他者が街を歩いた時の音声を聞きながら歩くことで,他人の着眼点を通して,街を追体験する方法です.他者の歩行プロセスを体験しながら,歩いている道に関する他者の思いや感覚を音声で共有することで, 他者の着眼点を通した空間体験を可能にします.着眼点の共有を支援し,受け取った着眼点を利用した環境の知覚を促進します.
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13:00に京島校舎に集合。
学生は、6名。

初めに、写真を撮りながら感じたことを語るという行為をイメージしてもらうために、学生に別の場所で記録した音声(同じ道に対する3人の語り)を聴いてもらった。
その後、語りながら歩くという行為に慣れてもらうために、まず約30分間、学生に各自好きなところを散策しながら、感じたことを語ってICレコーダに録音してもらった。

続いて、学生に地図を渡して、事前に講師が歩いたルートを歩き、感じたことや考えたことを語って録音してもらった。


今回、感覚交換散歩のツールが動くiPhoneおよびiPod touchが3つのみであったため、3人がツールを使用、残り3人はICレコーダーで記録してもらった。
ツールは録音機能だけでなく、写真撮影と位置情報記録ができ、音声と写真と位置情報を同期して記録することができる。
参考までに、ツール利用者の撮影写真の並びを通して、同じルートに対する観点の違いを感じてもらいたい。


歩くペースが違うため、6人がばらばらと戻って来た。
お昼ご飯を食べていなかった学生がいたため、近くで焼鳥やたこ焼きを買ってきて、皆で小休憩。

追体験は講師も参加して、合計7人だったので、2人ー2人ー3人のペアをつくった。
特に交換したい相手がいる場合は申し出てもらって1ペアができ、誰でもいいという人の間でグーパーをしてもう2つのペア分けを行った。

つくったペアの間で自分の語りを記録したiPhone/iPod touchまたはICレコーダーを交換した。
続いて、交換した相手の音声を聴きながら、同じルートを歩いた。
ツールを使用した場合は、音声再生に合わせて写真が表示される。また、地図を表示して現在位置と相手がどの位置で語っているかを観ることができる。

続いて、ペアをつくりなおして、同じルートに対してまた別の人の観点を通して歩いた。
こうして自分と交換した相手2人の3種類の観点を通して同じ道を歩いたことになる。
最後に参加者全員で簡単な振り返りを行い、以下のような感想を聴くことができた。

「普段、視線は一定であまり上を観ないけど、相手の音声に合わせて二階とかを観た。」
「相手が好きなトタン壁の色、聴いていくにつれて好みのポイントがわかってきて、新しく出て来た壁に対して、きっとこれは好き/嫌いとか予想して楽しめた。」
「家が傾いているとか、音声聴かないと気付かなかった。」

私の感想としては、野菜をモチーフにした椅子がある公園で、全ての椅子の座り心地を確かめるとか、別の公園で遊具に乗ってみるとか、自分ではやらなかった行動を通して、その場所を体験することができた。

どちらが優れているとかではなくて、その人が無意識でもこだわって観ている対象やテーマというものがある。
同じ街、同じ道を異なった観点を持つ人でその魅力を発掘して共有していくこと。
さまざまな観点からその地域が浮かび上がってくる。
今後も継続して、他の参加者とともに墨田を歩くことで、観光ガイドには載っていない、個人的な魅力を追体験するきっかけにしていきたい。
(報告:栗林賢)

2011年1月15日土曜日

講義録:感覚交換散歩演習Ⅰ(栗林)

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日時:2011年1月15日(土)13:00-17:00
場所:京島校舎に集合→周辺を散歩
参加者:学生3名+教員1名
内容:
講師が開発した感覚交換支援ツール"語りカメラ”を通して散歩を行うことで、風景の感じ方を開拓します。語りカメラとは,撮影対象について物語る声を記録するシステムです。“語る”という行為を支援することで、撮影行為の元となった衝動や感覚の認知・表現・伝達を促進します。語る内容を探し出す必要性があることで、撮影対象への能動的な関わりを生み、発見や気づきを促進します。語りカメラで記録した写真と音声を撮影場所で再生することで、写真には表れない撮影者の感覚・感情の追体験を行います。
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13:00に京島校舎に集合。
参加者は、友廣くん(墨田在住)と、小野田さんと、中島くんと栗林の4名。
初めに、写真を撮りながら感じたことを語るという行為をイメージしてもらうために、語りカメラで記録された音声と写真のサンプルを鑑賞した。
その後、約1時間、各自好きなところを散策し、気になった場所やものごとを発見してもらった。
続いて、4人まとまって歩きながら、それぞれがおすすめの場所に行き、語りカメラで収録していった。
もともと自分が気になった場所だけでなく、別の人が紹介した場所に対して何か語りたいことがあった場合も収録した。

以下に、4人で歩いた体験の記録と語りカメラで記録した写真と語りをひとつずつ紹介します。

●友廣



●小野田



●中島



●栗林



今回は、語りカメラを使って、個人的に惹かれた場所を撮影者の思いとともに記録した。
語りプレーヤを使用することで、記録したデータを、位置情報や移動履歴と関連して再生することができるのだが、今回はその機会を設けることができなかった。
今回記録した写真と音声を別の人が追体験する機会を別に設けたい。

同じ街、同じ道を異なった観点を持つ人でその魅力を発掘して共有していくことで、さまざまな観点からその街が浮かび上がってくる。
今後も継続して、語りカメラで街を記録してことで、個人的で多様な観点と撮影者の思いを通して、街を体験するきっかけにしていきたい。
(報告:栗林賢)

2011年1月9日日曜日

ペンキを塗ります

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日時:2011年1月9日(日)、10日(祝)※実際は9日のみ開講。
集合:13:00
場所:墨東大学京島校舎
担当:加藤文俊、木村健世、岡部大介
参加者:4名(教員3+学生1)
内容:
ドタバタしながらスタートした墨東大学ですが、京島校舎の居心地はいまひとつです。暖かくなる前に、もう少し可愛く、魅力的な場所にしようというプロジェクト(緊急開講)です。年末、木村・岡部・加藤の3人で集まって、秋ぐらいまでは墨東大学を存続させようと誓い、その勢いで計画された講座(実習)です。まずは、壁から手をつけたいと考えています…。
※汚れてもいい服装+防寒対策が必須となるでしょう。寒くて疲れたら、奥に上がって豚汁でも食べますか。
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 bocktの加藤先生と木村さんの発案で、京島校舎に入って左側の壁一面を「黒板」にすることに。黒板塗料によってどの程度「黒板」になるのか半信半疑なまま京島校舎に向かうと、既にbocktメンバーと斎藤卓也さんがマスキングテープを貼るなり準備を始めていた。いつもいる「なかぢ」は、卒論の概要提出〆切が近いのでお休み。年明け間もない京島校舎は、少々肌寒いけれどものんびりした空気。今年初めてのペンキ塗り。



 加藤先生と木村さんが準備してくれたChalkboard用のペンキをはじめて目にする。アメリカからの輸入品。特に事前にブリーフィングや打合せをすることなく、トレイにペンキを流しこみ、各自淡々と(ペイント)ローラーを手にする。壁に塗る場合は、まずは「W」を描くように塗り、それをのばしていくと奇麗に塗れるとのこと(という情報を、私はローラーの入っている袋に記載された情報を見てはじめて知った)。墨東大学学部長の加藤先生によって、白壁にペンキのローラーがいれられる。大きく「W」が描かれ、これによって壁一面を黒板塗料で埋める決心がつく(そのために集まったのだけれども)。



 想像以上に、塗料=Chalkboardの塗り心地が良い。また、木村さんが準備してくれたペンキ用のローラーの存在がかなり大きい。次第に大胆に塗り進めることができるようになり、大人4人の作業で数十分かけて全体を塗る。その上で、細部を塗っていく。塗っている間は気づかないムラも、ペンキが乾いてくると目につくようになる。よって、まずは1回塗りこんだ上で乾かし、2度塗りすることに決定。上部と細部をなんとか仕上げ、また釘などを打ち付けた後の穴もペンキで埋めていき、1度目の作業を完了させる。ペンキ素人4人のDIYだけに、一面黒板塗料が塗られた壁を見続け、自画自賛を繰り返す。かなりの満足感が得られる授業である。この作業をひとりでやろうという気持ちには到底ならないけれども。

 約1時間乾かすことにして、その間珈琲ブレイクをとることに。京島で有名な「ペロケ」に行ったことのなかった私のリクエストで、みなで移動。ラーメンと珈琲を食しながら、ペンキのこと、これからの墨東大学の運営やまとめ作業のこと、共通の知り合いの他愛のない話などをして過ごす。京島校舎に戻り、ペンキが乾いていることを確認する。2つ目のペンキの缶を開けて、塗りムラを確認しながら淡々と作業する。2度塗りの際は、もはや4人に会話はほとんどない。さらに淡々と、「自然と」できた役割分担に従って作業を進めていく。覚えている会話と言えば、京島校舎を閉校する時に、また「白」のペンキで塗るんだよねということくらい。



 さて、2度塗りされた京島校舎の壁は、重厚感ある存在に。さっそくチョークで文字を書きたいが、もちろん乾いていないので今日はできない。壁が黒板になると、床にも何かしらの「仕掛け」をしたくなってくる。床も黒板にしてもいいかもしれないし、すのこをおいてもいいかもしれない。しばらく、ただの黒壁と化した京島校舎の壁を写真におさめて過ごす。勿論、ただの黒い絵が撮れるだけだが。完成の状態=ゴールのあるDIYは想像以上にすがすがしい気持ちにさせてくれる。15分程度壁を眺めた後、思い出したように片付けをし、次の墨大の授業でどのように黒板を使うか妄想しながら、京島校舎のシャッターを閉めた。

2010年12月27日月曜日

12月27日〈墨東大学〉大学日誌

12/27 (月)


18:20

買い物帰りに、まち見世のことを知っている男性の方が来校した。世田谷から結婚するために引っ越してきたらしい。『今年のまち見世、もうかってる?事務所はどこなの?押上?』と聞かれた。もうかっている?…に対して、どう反応すればよいか戸惑った。「儲かる」の言葉を耳にすると、金銭面のことかと思ってしまったので、質問を聞き返すと、墨東まち見世2010の来場者数のことであった。自分が感じた去年との比較を答えた。事務所に関して、なぜ押上がでてきたのかわからないが、百花園の近くであることを伝えると、すぐに理解してくれた。

やはり知っている方がいるのはとてもうれしい!こういう時は楽しくなって、ついつい会話をしてしまうのです!!

墨東まち見世の次に墨東大学の話を持ちかけると、乗り気な様子で『何学ぶの?』と聞かれた。具体的例として、壁に貼ってあった「迷子学入門」について話した。向島・京島での路地での体験をもちかけると、『路地に入ったら、鳩のまちにまで行っちゃったよ』と話してくれた。


18:30

「あっ、コロッケ売ってる!」という声が聞こえた。

異質な集団がやってきた。

声(歩いている者同士の声が行き交う。声の抑揚が感じられた。)や雰囲気(目的が明確ではなさそうで、ふらふら回りを見ながら歩いていた)、団体感などからしてよそ者だなと。自分もまだまだよそ者だが、少しだけ中の人から見た外の人に対する感じ方?というのを知った。

その中でも興味をもった女性が京島校舎に来校した。墨東大学のチラシを見て、まっさきに『これSFC(慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス)がやってるんですか?』と聞かれた。確かに主催に慶応義塾大学と表記されているが、SFCまで言い当てた女性に驚いた。どうやらSFCの卒業生らしい。なので、加藤文俊研究室のことを話した。知らないと言われてしまった。しかし、理解度は早く、他にいたメンバー(興味をもっていたものの、京島校舎内までには入ろうとせず、一緒に歩いていた方々45名)に話していた。



合計3人の方が来校してくれた。
中島和成

2010年12月25日土曜日

12月25日〈墨東大学〉大学日誌

1225日(金)


京島校舎に到着してシャッターを開けようとすると、

背後から『あらっ!』という果物屋さんのおかあさんの声が聞こえた。自分のことに気付いてリアクションしてくれたのかと思い、振り向くとお客さんに対しての反応であった。うれしくなって振り返ってしまった反面、勘違いだと気付き恥ずかしくなってしまい、いつもする挨拶をせず、颯爽と中に入った。


買い物に行く途中に、I夫妻が来校してくれた。
K・Iさんは「毎日が楽しいぜ!」の絵を見るのは初めて?だったらしく、消去法から自分の絵を当ててくれた。ズバリ的中!やはり自分が参加した講義のものが回りにあるのは説明や反応しやすくとても良いなぁ〜。

今まで寒く寂しかった空間が一気に温まった。


18:20

以前(1210日)来校してくれたおじさん(なかなか話を聞き取ることができなくて対応に困ってしまった方)が、京島校舎が開いているのを見て、すぐさま校舎内に入ってきた。以前は向かい合わせに座ったのに対して、今回は隣に座った。

入ってきて早々、パソコンを指差して、『これ(パソコン)どうやって使うんだ?』と聞かれた。その場で文字の拡大縮小などを行って、おじさんが見えるまで調整した。
電車内でのペースメーカーによる事件(どうやらこのおじさんは電車に乗っている時、近くでケータイをいじっている人を見るとそれを叩くらしい)から、中国出身の知人が青山学院大学の学院生らしく、亜細亜大学・青山学院大学・大東文化大学など、おじさんが知っている大学の偏差値の順番を聞かれたり、最近の若者の不純さについて語ったり、民主党には票を入れるな(小沢はダメだ!)?など盛りだくさんの話を50分近くした。
隣に座っていることもあり、所々ボディータッチをされた。前回より距離が縮まったのかなとうれしかった。何より全部ではないにしろ、相手の言葉を聞き取れ、話すことができて良かった。


19:20

隣のお店から出てきたペンキの職人さんが京島校舎の前を通りがかった。

『お疲れ!この間(1223日、バナナの差し入れ)はどうもね』と声をかけてくれた。

『はい!』と、ボクは自然と笑顔になった。



合計4人の方が来校してくれた。
中島和成

2010年12月23日木曜日

課外活動

1223

夕方、卒論のインタビューのため、少し京島校舎に立ち寄ってシャッターを開けた。


久しぶりなので、シャッターを開けるのに緊張していた。

以前(122日、〈墨東大学〉大学日誌、参照)に書いた気持ちまでいかないにしても、文章では伝えられない緊迫した気持ちがあった。


いつものごとく、片側のシャッターを2/3ほど開けて、果物屋さんの方を向き、目が合った所で一礼して、中に入るつもりが、シャッターを頭にぶつけた。それを果物屋のおかあさんとおとうさんが見ていて、『大丈夫?』と声をかけて、心配してくれた。
ちょっと痛かったけど、心の中で『今日はいける!』と確信した。(自分のことを受け入れてもらえた気がした。まだ商店街の中で時々しかいない自分は、その日その日でこの空間(キラキラ橘商店)に存在していても良いのか、悪いのかの日々感じているのだ。)


ということもあり、果物屋のおかあさんには、毎回バナナの差し入れをいただくので、今日は自分から買い物に出掛けた。


果物屋さんの目の前に行くと、おかあさんが『(シャッターが)開いてないと、寂しいよ』と真っ先に声をかけてくれた。おかあさんの頭には、前まで空き店舗だった場所で、「学生が何かをやっている!」、という場であると認知されている気がして、うれしかった。毎日数時間でも開いていれば違うのだろうな…。それを言われなくなった方がうれしいけど、そしたら次はなんて言われるのかな…。それとも会話がなくなっちゃうのかな。。


バナナを買おうとすると、1150円のバナナが、残り2房だった。『みんなで食べるかい?だったら、2房で200円にするよ!』と、おかあさんがまけてくれようとした。それならと思い、私は2房買った。この勢いに乗じて会話をした。

年内はいつまで営業しているのか、そして年始はいつからなのか聞いた。

すると、おかあさんの方から『どうして?何かあるの?』と聞いてきた。

『年初めにここ(京島校舎)のシャッター開けようと思うのですが、お店が開いてないなら寂しいですよね。』と私は返した。

それに対しておかあさんは、(記憶が飛んでしいあいまいだが)5日までお休み?5日から営業開始?かを、教えてくれた。

お店によっては、7日までお休みらしい…。

他のお客さんが来たので、私はその場を去った。



数分後、お隣の方が京島校舎を覗きに来た。

いっきに4人も!『何事だ…?』と思い、閉められたままだったもう片側のシャッターを開けた。

『誰だ?この絵を描いたのは?』と、この前もお世話になった常連の方が声を出した。やはり「毎日が楽しいぜ!」の数々の絵は人を引きつける力があるらしい。『オレから見たら、全部ピカソの絵に見えるな!』と、今回は小馬鹿にされた気がした。
なので、今回は『学生や社会人方が描きました!』と、さらりと流した。


そして、いきなり『近くにいい人(女性)いないか?』と聞かれた。『えっ?』、と返した。話を聞くと、どうやら一人暮らしをしているらしく、近所の方に『自転車の置いてある場所が3日間同じだったら、警察呼んでもらうようにお願いしてあるんだよ』と話してくれた。
どんどん話を聞いていくうちに、『ここ(京島校舎)のペンキの塗り方下手だな。自分たちでやっちゃうからいけないんだよ』と話してくれたので、『職業はペンキ塗る方ですか?』と聞いた。どうやらその通りで、その道40年のベテランさんだということが判明した。


もう一人方が、『一杯飲むか?』と声をかけてくれた。すると隣に戻って、『内藤くんに一杯やってくれ』という声が聞こえた。


(「内藤くん」とはどうやら自分(中島和成)のこと意味しているようです。前回隣のお店に誘われた時、そこにいたお客さんに『えっと、墨田区が実家の…「内藤大助」に似てるな!』と言われた。回りにいた方々からも『そういえば!』、『本当だ!』などという意見が一致していた。)


その時のことまで覚えてくれていて、一瞬『えっ?』とは思ったが、なんだか妙にうれしかった。

しかもキンキンに冷えたビールを届けてくれた。冷えきった体ではあったが、格段に美味しくて、心温まるビールだった。


飲み終わると、『どうしよう…。やっぱお金払った方がいいよな』と思って、ビンを返しにいく時、お金を払おうとした。お店の方に『大丈夫みたいよ!』と言われてしまった。


京島校舎に戻って、さきほど買ったバナナを持っていこうと思い、すぐ隣のお店に行った。ペンキ塗りを職業にした方がドアの所にいたので、『さきほどのお礼で…、良かったらみなさんで食べて下さい!』とバナナを渡した。
意外とすぐに受け取ってくれた。警戒されて、『いいよ』と断れるのでないかと思っていたので、ちょっぴりうれしかった。すると、『気を使わなくていいよ。違う…。金使うんじゃねーよ!』と。


ほんの数十分の出来事であったが、すごく充実していた。



合計6人の方が来校してくれた。

中島和成